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福岡地方裁判所小倉支部 昭和58年(ワ)50号 判決 1985年3月29日

原告

飯田愼次

右法定代理人後見人

飯田いずみ

原告

飯田いずみ

原告

飯田陽子

原告

飯田篤史

右両名法定代理人親権者母

飯田いずみ

原告

飯田茂夫

原告

飯田節子

右六名訴訟代理人

阿部明男

島内正人

被告

北九州市

右代表者市長

谷伍平

右訴訟代理人

山崎辰雄

被告

渡邊健

主文

一  被告らは、各自

1  原告飯田愼次に対し、金六、三三三万二、九二三円と、内金五、八五三万二、九二三円に対する、

2  原告いずみに対し、金三八〇万円と、内金三五〇万円に対する、

3  原告飯田陽子、同飯田篤史に対し、各金一五二万円と各内金一四〇万円に対する、

4  原告飯田茂夫、同飯田節子に対し、各金七六万円と各内金七〇万円に対する

いずれも被告北九州市については昭和五八年二月六日から、被告渡邊健については同年二月八日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告ら、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自

(一) 原告飯田愼次に対し、金一億四、三六四万四、一五九円と、内金一億三、六四四万四、一五九円に対する、

(二) 原告飯田いずみに対し、金五六〇万円と、内金五〇〇万円に対する、

(三) 原告飯田陽子、同飯田篤史に対し、各金二八〇万円と、各内金二五〇万円に対する、

(四) 原告飯田茂夫、同飯田節子に対し、各金二二〇万円と、各内金二〇〇万円に対する、

被告北九州市については昭和五八年二月六日から、

被告渡邊健については同年二月八日から

各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

(被告北九州市)

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告飯田いずみ(以下「原告いずみ」という。)は原告飯田愼次(以下「原告愼次」という。)の妻、原告飯田陽子、同飯田篤史(以下「原告陽子、同篤史)という。)は原告愼次の実子、原告飯田茂夫(以下「原告茂夫」という。)は原告愼次の実父、原告飯田節子(以下「原告節子」という。)は原告愼次の養母である。

(二) 被告北九州市(以下「被告市」という。)は、北九州市小倉北区井堀二丁目七番一号において夜間当・休日急患センター(以下「急患センター」という。)を開設し、昭和五六年一二月五日、六日当時、訴外濱渉医師(以下「濱医師」という。)を雇傭していた。

2  被告渡邊健(以下「被告渡邊」という。)の不法行為

被告渡邊は、昭和五六年一二月五日午後一〇時ころ、北九州市戸畑区新池三丁目二番一七号先歩道上において、原告愼次と口論し、同原告の顔面を手挙で殴打し、その場に同原告を転倒させ、同原告に左頭蓋骨陥没骨折、左急性硬膜外血腫の傷害を負わせた。

3  診療契約

原告愼次は右受傷のため、同日午後一〇時三〇分ころ急患センターに搬送されたが、その際同原告の職場の同僚である訴外那木重文(以下「訴外那木」という。)が同行して被告市にその診療を依頼し、同被告はこれを承諾し、同原告の法定代理人である原告いずみは後刻これを追認した。よつて、原告愼次ないしその法定代理人である原告いずみと被告市とは、原告愼次の受傷に関する診療契約を締結したものである。

4  原告愼次の症状及びその診療経過

(一) 原告愼次は、右受傷時、両手で後頭部を抱えて「ウーン」と唸り、頭痛を訴えて失禁し、急患センターに搬送途中、訴外那木が「大丈夫か」と声を掛けたが返事をせず、嘔吐を一回し、更に失禁した。

(二) 原告愼次は午後一〇時三〇分ころ急患センターに到着し、訴外那木は受付係に「酒を飲んで頭を打つたので診てほしい。」旨申し出、受付係は同原告を外科で診察するよう手配した。

(三) 原告愼次の当初の担当医である訴外新垣医師は、同原告の頭部単純X線写真撮影を指示し、同原告の頭部の前方、後方、左側面のX線写真撮影がなされた。

(四) 原告愼次は、午後一一時五〇分ころ、医師の診察を受けたが、診察には訴外新垣医師から同原告の診察担当を引継いだ濱医師が当り、訴外那木は濱医師に酒を飲んで転び後頭部を打つたこと、失禁していたこと、搬送中嘔吐したこと、呼びかけても応答しないこと及び頭を打つたことが心配なので診てほしいこと等を述べたが、濱医師は訴外那木に対し、飲酒時間、飲酒量、倒れるまでの意識の有無、倒れた場所の状況、意識障害の生じた時期、これまでの飲酒歴、倒れた時の体の位置等同原告の受傷前後の状況について全く問診を行わなかつたこと、同医師は同原告の意識レベルの検査のため、頬を平手で叩いたところ、同原告はこれを嫌がつて顔を動かし、手で払いのける動作をしたが覚醒しなかつたので、意識障害レベルを三―三―九度方式でいう一〇〇(以下、すべて三―三―九度方式によるものである。)と診断したこと、次いで後頭部を視診し、ここに軽度の腫脹のある擦過傷を認め、後頭部打撲傷と診断し、更に腱反射、瞳孔の状態、呼吸の状態、耳漏鼻漏の有無、乳頭の検査をしたが、いずれも異常がなく、更に右X線写真三枚を観察したが、原告愼次の左側頭部に陥没骨折が撮影され、その判読は必ずしも困難でないにもかかわらず、これを看過して頭部には骨折その他の異常がないと判断したこと、なお、血圧、脈拍、体温の検査はしなかつた。

(五) 濱医師は、右診察の結果により、原告愼次の意識障害の原因は頭部外傷によるものではなく急性アルコール中毒であると診断し、体内のアルコールを早期に排出するため、その療法として、ラクテック(電解質溶液)五〇〇ccを一時間で点滴することを訴外福光守恵看護婦に指示し、同原告は、他の病室に移されて、右点滴を受けた。

(六) 点滴終了直前、濱医師は、原告愼次を壁に寄りかかるようにして座らせ、「退院ですよ。起きて下さい。」と言つて、同原告の両頬を平手で叩いたが、同原告は同医師の手を払いのけるようにしただけで覚醒せず、原告いずみの呼掛けにも応答しなかつた。

(七) 濱医師は原告いずみに対し、原告愼次の帰宅を許可し、その際、「酒に酔つているだけで、大丈夫です。仰向けに寝かせると吐物が喉に詰まるので、横向けに寝かせて下さい。翌朝までいますから、変つたことがあれば連れて来て下さい。」と指示した。

(八) 原告いずみは、原告愼次を原告いずみの姉宅に搬送して、同宅に寝かせた。

(九) 翌六日午前八時ころ、原告愼次が異常な鼾をかき、大量の失禁をし、意識も全くなくなつていたので、原告いずみは、原告愼次を健和総合病院(北九州市戸畑区中原東三丁目一〇番一七号所在)に搬送し、午前九時二〇分ころ、右病院の訴外馬渡敏文医師(以下「馬渡医師」という。)の診察を受けたところ、原告愼次の症状は意識レベル三〇〇、除脳肢位、失調性呼吸、瞳孔反射なく、瞳孔散大の瀕死の状態にあり、その原因は頭部打撲による中硬膜動脈の損傷のため発生増大した硬膜外血腫に基づく脳幹部障害である旨の診断を受けたこと、そこで直ちに開頭による血腫部分除去の手術を受け、一命をとりとめたが、開頭手術の時期を失したため、血腫の脳圧迫により、意識不明、無言無動症、四肢主関節硬縮の所謂植物状態になつた(以下「本件事故」という。)。

5  責任原因

(一) 被告渡邊の責任

被告渡邊の前記不法行為により本件事故が発生したものであるから、同被告は、民法七〇九条に基づき、原告らに対し、原告らが本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告市の責任

(1) 濱医師は、原告愼次を診察して、その意識障害レベルが一〇〇であると診断し、訴外那木から後頭部を打つたこと、失禁、嘔吐の事実があつたことを聞かされながら、頭部レントゲン写真に撮影されていた同原告の左側頭部陥没骨折を看過した過失により、本件事故を発生させた。

(2) 仮に、同医師が頭部レントゲン写真に撮影されていた原告愼次の左側頭部陥没骨折を判読できなかつたことが止むを得ないものであるとしても、軽度腫脹のある頭部打撲という閉鎖性外傷が認められたのであるから、このような場合、一般には頭部に創のない方が重篤なことが多いのであるから、同原告の示す意識状態の変化、病的反射、バイタルサイン(血圧、脈搏、呼吸、体温等の全身状態)、瞳孔の左右差等を経時的に観察して、頭蓋内血腫の有無を確認対処すべき義務があるのにこれを怠つた過失により、本件事故を発生させた。

(3) 仮に、原告愼次の症状が、急患センターの特殊性のため、あるいは濱医師の専門外の分野で同医師の守備範囲外であるため、これを正確に診断できなかつたことが止むをえないものであるとしても、濱医師は、人的、物的設備の完備した医療機関に自ら転送し、あるいは訴外那木又は原告いずみに適切な転医指示をなすべき義務があるのにこれを怠つた過失により、本件事故を発生させた。

(4) 被告市は、濱医師の使用者であるから、同医師の過失によつて生じた原告らの損害につき民法七一五条一項による責任がある。

(5) 前記3のとおり適切な診療を行うことを内容とする診療契約が成立したが、被告市の履行補助者である濱医師において診療契約上の債務の本旨に従つた履行を怠つたものであるから、同被告は右債務不履行によつて生じた原告らの損害につき民法四一五条による責任もある。

6  損害

(一) 原告愼次の損害

(1) 逸失利益 金六、五五五万八、七九七円

原告愼次は、本件事故当時満三二才の健康な男子であり、年間金三二九万一、六〇〇円の収入を得ており、六七才までの三五年間に亘り同程度の収入を得ることが可能であつたが、本件事故により全労働能力を喪失するに至つた。

そこで、右年収を基礎として新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除してその間の逸失利益の事故時の現価を算出すれば金六、五五五万八、七九七円となる。

(2) 看護料 金四、〇八八万五、三六二円

原告愼次は植物状態にあり、常時介護を要するところ、その期間は平均余命年数四二年である。

そこで、右費用は、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表の全年令女子労働者の平均年収額金一八三万四、八〇〇円(月額現金給与額金一二万二、五〇〇円、年間賞与金三六万四、八〇〇円の合計)を基礎として新ホフマン式計算法により年五分の割合による四二年間の中間利息を控除して看護料の事故時の現価を算出すれば、金四、〇八八万五、三六二円となる。

(3) 慰藉料

原告愼次は、三二才という若さで一生を植物状態のままで過さねばならず、その精神的苦痛は筆舌に尽し難いところ、右苦痛を慰藉するには金三、〇〇〇万円が相当である。

(二) その余の原告らの損害

原告愼次が植物状態に陥つたことによるその余の原告らの精神的苦痛は甚大であり、原告愼次の死亡にも比肩する精神的苦痛を受けた。

右苦痛を慰藉するには、妻である原告いずみについて金五〇〇万円、実子である原告陽子、同篤史について各金二五〇万円、実父である原告茂夫、養母である原告節子について各金二〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告らは本件訴訟を原告ら代理人らに委任し、弁護士費用として、原告愼次は金七二〇万円、原告いずみは金六〇万円、原告陽子、同篤史は各金三〇万円、原告茂夫、同節子は各金二〇万円を支払う旨約したので、右費用は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

7  よつて被告らに対し、各自、原告愼次は6(一)、(三)の損害合計金一億四、三六四万四、一五九円と内金6(一)の金一億三、六四四万四、一五九円に対する、原告いずみは6(二)、(三)の損害合計金五六〇万円と内金6(二)の金五〇〇万円に対する、原告陽子、同篤史は6(二)、(三)の各損害合計金二八〇万円と内金6(二)の各金二五〇万円に対する、原告茂夫、同節子は6(二)、(三)の各損害合計金二二〇万円と内金6(二)の各金二〇〇万円に対するいずれも本訴状送達の翌日である被告市につき昭和五八年二月六日から、被告渡邊につき同年二月八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

8  なお、原告愼次は、本件事故により、昭和五八年六月一日から本件口頭弁論終結直前の昭和六〇年一月三一日までの間、厚生年金保険法四七条による障害年金として合計金二四〇万七、三三二円を受給した。

二  請求原因に対する認否

(被告市)

1 請求原因1(一)の事実は不知、(二)の事実は認める。

2 同2の事実は不知。

3 同3の事実は認める。

4 同4は争う。

訴外那木の濱医師に対する説明は、頭部外傷による重篤な結果を招く危険を疑わしめるものではなく、訴外那木の説明と原告愼次のレントゲン写真では、同原告の左側頭部陥没骨折を判読することは困難であり、同医師は、同原告を退院させる際、原告いずみに対し、帰宅して原告愼次の様子を観察し、吐いたとき、頭が痛くなつたとき、三〇分毎位に呼びかけて目を覚まさなかつたとき、その時手足を動かして動かさなかつたりしたとき、目を覚ましたときに手足の動かしかたがおかしかつたとき、あるいは手足がしびれるというようなこと等の症状があつたときは、直ちに急患センターに搬送するよう指示説明した。

5 同5(二)は争う。

原告愼次の頭部レントゲン写真から同原告の左側頭部陥没骨折を判読することは、脳神経外科の高度の専門医か又は予断を与えられない限り困難であり、濱医師の専門である整形外科医又は外科医の一般的水準を超えているものであり、従つて同原告が飲酒していたことにより同原告の意識障害の原因を急性アルコール中毒である旨診断したのはまことに止むをえないところであつた。加えて、濱医師は原告いずみに対し、原告愼次の退院の際、前記のとおり適切、妥当な指示説明を行つておること、急患センターは、複雑高度な機械や方法を用いての診療、診断、処置等を本来の目的とする施設ではなく、普通よく起る一般的な病気、事故に対する救急処置及び診断又は治療についての指導を本来の役割としており、またそれが急患センターの能力の限界であることを総合的に考慮すれば、被告市に本件事故の責任を帰せしめることは相当でない。

6 同6は争う。

(被告渡邊)

1 請求原因2の事実は認める。

2 同6は争う。

三  抗弁

(被告市)

1 過失相殺

仮に、被告市に責任があるとしても、濱医師の診断を誤まらせたのは、訴外那木の虚偽ないし不十分な説明に起因するものであり、原告いずみは、濱医師の指示に背き、三〇分毎位の経過観察を怠つたものであるから、訴外那木及び原告いずみの右の過失は本件事故について被害者側の過失として評価されるべきである。

2 公平の観点からの減責

仮に1が認められないとしても、急患センターの役割、レントゲン写真の判読の困難性、訴外那木の説明に問題があること、原告いずみの原告愼次の退院後の処置に問題があることに鑑み、公平の観点から被告市の責任を減責するのが相当である。

(被告渡邊)

被告渡邊の原告愼次に対する暴力行為は、同原告の粗暴な言動に誘発されたものであるから、本件事故については、同原告にも重大な過失があつた。

四  抗弁に対する認否

全部争う。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者について

1  <証拠>によれば、請求原因1(一)の事実を認めることができる。

2  請求原因1(二)の事実は原告ら、被告市間に争いがなく、被告渡邊は右事実を明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二被告渡邊の不法行為について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない(但し、原告ら、被告渡邊間において請求原因2の事実は争いがない。)。

1  昭和五六年一二月五日午後七時半ころから午後一〇時前まで、北九州市戸畑区新池三丁目所在の割烹「八起」において、原告愼次の勤務先である北九州ダイハツ販売株式会社の野球部の忘年会が開かれ、原告愼次、被告渡邊他八名が参加し、同被告の退部問題について若干のやりとりがあつたほか格別の諍いもなく宴会は終了した。なお、被告渡邊は右野球部の部員であつたが、同年八、九月ころ肩を負傷したこともあつて、同年一一月ころ右野球部の監督である原告愼次に退部を申し入れユニフォームを返却したものであるところ、当日は、監督及び部員から忘年会への参加を誘われ当初は固辞したものの、結局固辞しきれなくなつて参加したものであつた。

2  右忘年会終了後、原告愼次がかなり泥酔していたため、参加者の一人である訴外那木が同人の乗用車に同原告を同乗させて家まで送り届けようとしたが、同原告は乗車を拒否して抵抗し部員が同原告を乗車させようとして身体を押していたところへ被告渡邊も応援に入つたものであるところ、同原告は同被告に対し、同被告の野球部からの前記退部問題について、「やめるならやめろ。」「自分に言うのは一〇年早い。」等不平不満を並べ出し、このため同被告は退部しない旨述べてその場を取繕おうとしたが、同原告は納得せず、更に悪口雑言の上、同被告を殴つたため、平素粗暴癖のない同被告も、酒の酔いも手伝つて激昴し、同日午後一〇時ころ、右「八起」の前である北九州市戸畑区新池三丁目二番一七号先歩道上において、手挙で同原告の顔面を一回殴打して同原告をアスファルト路面に転倒させて頭部を強打させ、よつて同原告に対し左頭蓋骨陥没骨折、急性左硬膜外血腫の傷害を負わせた。

三診療契約について

請求原因3の事実は原告ら、被告市間に争いがなく、被告渡邊は右事実を明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

四原告愼次の症状及びその診療経過等について

<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  先に認定した被告渡邊の暴行により原告愼次は、アスファルト路面に転倒して頭部を強打(「ゴツン」という音がした。)し、両手で頭を抱えて「頭が痛い」と言つたきり言葉を発せず、失禁もしたので、訴外那木は外二名の忘年会参加者と共に同原告を直ちに急患センターに搬送したが、その間も、その後も意識不明であり、搬送途中においても、嘔吐を一回し、更に失禁した以外に、「大丈夫か」との問い掛けに対しても同原告はなんらの反応も示さない状態のまま、同日午後一〇時一〇ないし一五分ころ急患センターに到着した。

2  訴外那木は急患センターの受付係に「酒を飲んで頭を打つたので診てほしい。」旨申し出、同受付係は原告愼次を外科で受診するよう手配した。

3  外科担当の訴外新垣医師は、原告愼次の頭部単純X線写真の撮影を指示したが、当日は患者が混んでいたこともあつて暫く待たされた後、同原告の頭部の前方、後方、左側面の三枚のX線写真撮影がなされた。

4  この間、訴外那木は原告いずみに連絡をとり、同原告及び同原告の姉訴外立石幹枝は午後一〇時五〇分ころ急患センターに到着し、訴外那木らから原告愼次の受傷の模様、喧嘩の詳細を聴取した。

5  原告愼次は、午後一一時五〇分ころ、訴外新垣医師から診察担当を引継いだ濱医師の診察を受け、その際訴外那木は濱医師に対し酒を飲んで転び頭を打つたこと、搬送途中、嘔吐、失禁したことを説明したが、受傷前後の事実関係の細部、特に転倒が喧嘩によるものであること、転倒によりゴツンと音がする程頭部を強打したこと、喧嘩の前後における原告愼次の意識程度の相異等については消極的態度に終始し、自発的、積極的な説明をしないばかりか、むしろ受傷原因が喧嘩であるか否かの濱医師の質問に対し殊更言葉を濁し喧嘩の事実ないし頭部強打の事実を秘匿する等正確な事情説明を行わず、その場に居合せた原告いずみも訴外那木の説明を付加訂正することなく、濱医師に対する説明は全て訴外那木に任せていた。

6  濱医師としても受傷前後の事実関係の細部について更に充分な問診を重ねることなく、同原告の意識レベルの検査のため、その頬を平手で叩き、同原告がこれを払いのける仕草をしたが覚醒しないところから、意識レベルを一〇〇と判断した。同医師は次いで後頭部を視診し、ここに軽度の腫脹のある擦過傷を認め、後頭部打撲傷と診断し、更に腱反射、瞳孔の状態、呼吸の状態、耳漏、鼻漏の有無、乳頭の検査をしたが、いずれも異常を認めず、更に同原告の前記頭部X線写真三枚を観察したが、右X線写真のうち前方撮影写真(乙第四号証の一)には同原告の左側頭部陥没骨折が撮影されているにもかかわらず、これを判読できず看過して、頭部には骨折その他の異常がないと判断したため、結局同原告の意識障害の原因は頭部外傷によるものではなく急性アルコール中毒に基づくものであると誤診した。

7  そこで、濱医師は、原告愼次の身体内のアルコールを早期に排出して覚醒を促進させるため、その療法として、ラクテック(電解質溶液)五〇〇ccを一時間で点滴することを訴外福光守恵看護婦に指示し、同原告は、他の病室に移されて、点滴を受けたが、右点滴の間、看護婦が二回血圧と脈搏の検査に来たほかは、何らの経過観察もされなかつた。

8  右点滴終了時である翌六日午前一時二〇分ころ、濱医師は、原告愼次を壁に寄りかかるようにして座らせ、「退院ですよ。起きて下さい。」と言つて、同原告の両頬を平手で叩いたが、同原告は同医師の手を払いのけるような仕草をしただけで覚醒せず、原告いずみの呼掛けにも応答せず、一人で立つことができず、原告いずみ、訴外立石幹枝、同那木の三人で抱え上げても足がふらつく状態であつた。しかし、同医師は「退院です。」と言つて、原告いずみに対し、「九九パーセント大丈夫です。残り一パーセントは酒に酔つているし、仰向けに寝かせると喉が詰つたりして息が出来なくなることもあるので横向けに寝かせて下さい。翌朝まではいますから変つたことがあれば連れて来て下さい。」旨一般的な指示を与えた以外に、頭部陥没骨折を前提とする各種症状についての具体的な経過観察については全く指示を与えることなく、同日午前一時三五分ころ原告愼次を急患センターから退所させた。

9  原告いずみは、原告愼次を訴外立石幹枝宅に搬送して、午前一時五〇分ころ同宅に横向きに寝かせた後、午前二時ないし三時ころ自宅に帰り、定時的な経過観察をすることなく、寝てしまつた。

10  原告いずみは、同日午前八時ころ、原告愼次が異常な鼾をかき、意識も全くなくなつていた上、寝ている間に嘔吐及び大量の失禁をしていることを発見したので、同原告を健和総合病院(北九州市戸畑区中原東三丁目一〇番一七号所在)に搬送し、右病院の馬渡医師の診察を受けたところ、原告愼次の症状は意識レベル三〇〇、除脳肢位、失調性呼吸、瞳孔反射なく、瞳孔散大の瀕死の状態にあり、その原因は頭部打撲による中硬膜動脈の損傷のため発生増大した硬膜外血腫に基づく脳幹部障害である旨の診断を受けた。そして馬渡医師は、原告いずみに対し、この時点で開頭による血腫部分除去の手術を試みた場合、救命の余地があるとしても植物状態になる危険が高い旨説明し、手術をするかしないかの同意を求めたところ、同原告が手術の執行に同意したので、馬渡医師は手術を執行した。しかして、右手術の執行により、原告愼次は生命をとりとめたものの、血腫による脳圧迫のため意識不明、無言無動症、四肢主関節硬縮の所謂植物状態になり、現在日常生活動作には全面介助を要し、今後も長期間の入院管理が必要であり、治癒の可能性は考えられない状況にある。

11  X線写真の正確な判読にはかなりの熟練を必要とし、医師の能力及び問題意識の有無に左右されるところがあるところ、急患センターで撮影された原告愼次の頭部前方X線写真(乙第四号証の一)の判読は本来は脳外科の分野に属し、整形外科医である濱医師にとつて必ずしも容易ではない上、濱医師自らの問診不充分と同時に訴外那木の説明不充分の故もあつて濱医師は原告愼次の受傷機転についての問題意識が不充分且つ不正確であり、これが原告愼次の頭部前方X線写真(乙第四号証の一)に撮影されている骨折の影像を看過した一因である。

12  飲酒かつ頭部外傷の患者が意識障害を起している場合、右原因がアルコール中毒によるものか頭蓋内出血によるものか鑑別することは非常に困難であり、医師としては経過観察(三〇分から一時間毎位)により患者の示す意識状態、神経症状及びバイタル・サインの変化等を観察して的確な診断(アルコール中毒であれば意識状態は次第に良くなつていくが、頭蓋内出血であれば意識状態は一時的に清明期があつても次第に悪化していく。)を下す必要があり、X線写真により骨折の疑いが認められれば、急性硬膜外血腫の存在が推認されるから、直ちにC・Tスキャンにより急性硬膜外血腫の有無を確認することが要求されるのであつて、アルコール中毒による意識障害においては失禁は稀である。

13  頭部外傷は創のない閉鎖性頭部外傷の方が創のあるものより重篤な結果をもたらす場合が多く、頭蓋内出血の可能性も十分予見できるのであるが、そのうち硬膜外血腫の確率は高く、その治療としては一刻も早く緊急開頭手術を施行して血腫を除去することが唯一の救命方法であり、手術予後は、いかに早く発見され手術されるかに左右されるところが大きい。

14  側頭部に生じた典型的な硬膜外血腫の症状は次のような経過をたどるのが通例とされている。

第一期 殆ど脳の他側への偏位のない時期で、臨床的には頭痛のみ訴え、意識は明瞭である(意識清明期)。

第二期 局所の脳圧迫が明らかになり嗜眠状態を生じ、血腫側の顔面神経のごく軽度の麻痺、側頭部の腫脹が目立つ。

第三期 昏迷状態となり瞳孔の左右不同が現われ、血腫側の瞳孔は拡大する。

第四期 脳幹部の偏位及び出血により除脳硬直となり呼吸麻痺その他延髄障害等により死亡する。

15  急患センターは、普通一般的に生ずべき日常的な病気又は事故等の救急処置及び必要な診断又は治療についての指導を本来の役割として開設されたものであつて、人的・物的(C・Tスキャンはない。)にもそれが限界であり、重症又は重篤な患者の治療は予定していないのであるが、必要が認められる場合には、複雑高度な機械や方法を用いての診療、診断、処置等を担当する第二、三次医療機関へ転送することが予定されているところ、この転送は、急患センターの医師が患者の病歴、現症状、諸検査の結果等を総合的に判断して、その要否を決定するものであり、被告市は、昭和五三年一〇月、市立八幡病院内に「救命救急センター」を開設し、第二、三次医療を行うべき協力病院体制を確立している。

五被告らの責任について

1  被告渡邊の責任

前記認定の事実に徴すれば、被告渡邊の暴行により本件事故が発生したことは明らかであるから、同被告は、民法七〇九条により、原告らの本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

2  被告市の責任

次に前記認定の事実に基づいて被告市の責任を考えてみる。

(一)  急患センターの医師である濱医師は、急患センター本来の役割である普通一般的に生ずべき日常的な病気又は事故等の救急処置及び必要な診断又は治療についての指導等の業務を担当するが、必要が認められる場合には、複雑高度な機械や方法を用いての診療、診断、処置等を担当する市立八幡病院内の「救命救急センター」等に患者を転送する注意義務を負担する。そして、右の注意義務の内容と程度は急患センター設置のための制度的制約ないし限界は免れないとしても、急患センターを設置した本来の趣旨に照らして一般的にあるべき医療水準により決定されるべきであり、当該担当医の具体的な標榜科目或は専攻科目によつて注意義務の内容と程度が異なると解すべきものではない。

(二)  しかして、本件の場合、飲酒しかつ頭部外傷を受けた患者である原告愼次は意識障害を起していたのであるから、濱医師は、同原告の示す症状がアルコール中毒によるものか、又は頭部外傷に基因する頭蓋内出血、就中硬膜外血腫によるものであるかを迅速、的確に鑑別し、後者においては可及的速やかに転送等血腫除去のために最良の措置を講ずべきであり、そのためには先ず、受傷機転について充分な問診義務を尽した上、頭部X線写真を正確に判読して骨折の有無を確認し、骨折の存在を発見したときは、血腫の有無を確認するため更にC・Tスキャンの設備を有する第二、三次医療機関に直ちに転送するか、骨折が発見できない場合であつても、頭部外傷が多く重篤な結果をもたらすことに鑑み、経時的に同原告の示す意識状態、神経症状及びバイタル・サインの変化を詳細に観察して的確な診断の下にその後の治療方針を迅速に決定すべき義務を負担していたものというべきである。

(三)  然るに、濱医師は、前認定のとおり訴外那木から、不充分ながら、転んで頭を打つたこと、急患センター搬送途中、嘔吐、失禁したことを聞かされ、自らも同原告の後頭部に軽度の腫脹のある擦過傷を発見し、意識障害のレベル一〇〇と判断したにもかかわらず、受傷機転について充分な問診義務を怠つたことにより問題意識が不充分なままX線写真を判読した故もあつて、原告愼次の頭部X線写真(乙第四号証の一)に撮影されている同原告の左側頭部陥没骨折の存在を判読できず看過した、のみならず、腱反射、瞳孔の状態、呼吸の状態、耳漏、鼻漏、乳頭に異常がなかつたことから、軽々に頭蓋内出血の可能性を否定し、単なる急性アルコール中毒と速断し、急性アルコール中毒に対する治療法であるラクテック(電解質溶液)の点滴注射をしたのみで、経時的観察をとらず、退院の際も、原告いずみに対し経時的観察の必要を説明することもなかつたのであるから、その過失は明白である。そして叙上の注意義務は急患センターにおける一般的な医療水準に照らし、当然あるべき内容と程度のものであるといえるから、濱医師が偶々整形外科医であつたため、脳神経外科医程容易に頭部X線写真を判読できなかつたという事情があるからといつて過失の存否が左右されることはありえない。この点の被告市の主張は到底採用に価するものではない。

(四)  濱医師の右診療における過失行為は被告市の被傭者としてその業務の執行につきなされたものであることが明らかであるから、同被告が民法七一五条一項及び民法四一五条により、濱医師の使用者及び診療契約上の債務者として、原告らが同医師の過失により被つた損害を負担すべきは見易い道理である。

3  被告らの責任の相互関係

すでに認定説示したとおり、被告渡邊は本件暴行から生じた原告らの損害につき民法七〇九条の責任があり、被告市は、本件医療過誤から生じた原告らの損害につき七一五条一項及び同法四一五条の責任がある。

そして、本件傷害を起した被告渡邊の故意行為と本件医療過誤を発生させた被告市の濱医師の過失行為は、もとより相互に何らの意思連絡等のないものであり、時間的、場所的にも隔りがあり、行為類型の点においても全く別異のものであることが明らかである。

しかしながら、原告らの被つた損害の点に着目すると、本件傷害による損害と本件医療過誤による損害とは、重り合い混り合つているから、結局、これは各原告にとつて渾然一体となつた一個の損害とみるのが相当である。そして、この一個の損害と被告渡邊の故意行為及び被告市の濱医師の過失行為との間には、いずれも因果関係を首肯できる。

右のとおり、被告渡邊の不法行為と濱医師の不法行為とは、損害が同一であるという点において民法七一九条にいう共同不法行為の一つの態様とみて差支えなく、したがつて、右損害は、原則として被告らにおいて連帯して賠償すべき関係にあるというべきである。

しかしながら、本件傷害と本件医療過誤とが別異の行為によるものであることはさきに検討したとおりであるから、被告らにそれぞれ減責事由が認められるならば、その各減責された範囲で各被告の責任を肯認するのが相当である。

六被告らの減責事由について

1  被告渡邊の減責事由

前認定のとおり、原告愼次の被告渡邊に対する悪様な言動が本件暴力の発生に大きく寄与していることは明らかであるところ、その過失の程度は被告渡邊の行為に比してより大なるものとも評し難く、同原告の過失割合は三〇パーセントをもつて相当と認める。

2  被告市の減責事由

(一)  被告市は被害者側の過失相殺を主張するので検討する。

医師又は診療機関と診療契約を結ぶ当事者又は患者は、医師の問診に対してはもとより、問診がない場合においても、症状ないし受傷機転の詳細を自発的、積極的に且つ正確、誠実に医師に告知説明する注意義務を負担するものであるところ、前認定のとおり、原告愼次のため被告市と診療契約を締結した訴外那木は濱医師に対し、受傷前後の事実関係の細部、特に転倒が喧嘩によるものであること、転倒によりゴツンと音がする程頭部を強打したこと、喧嘩の前後における原告愼次の意識程度の相異について消極的態度に終始し、自発的、積極的な説明をしないばかりか、むしろ受傷原因が喧嘩であるか否かの濱医師の質問に対して殊更言葉を濁し喧嘩の事実ないし頭部強打の事実を秘匿する等正確な事情説明を行わず、原告いずみもこれを容認したものであり、この点診療契約を締結する患者側として注意義務違反の譏りを免れないのであつて、これがX線写真の正確な判読に必要な問題意識を不充分なものとし、誤読を誘発した一因であることからすれば、右の過失は濱医師の医療過誤に基づく原告らの損害額の算定につき相当程度斟酌されなければならない。

もつとも、右の不注意を敢てした訴外那木は被害者である原告愼次となんら身分上一体をなす関係にないのであるが、当裁判所は以下に述べる理由により同訴外人の過失を被害者側の過失として斟酌するのが適正公平な損害額の算定に資する所以であると考える。即ち、過失相殺なすべき被害者側の範囲は、「身分上」のみならず、「生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者」を指称するが、悪意又は重過失がない緊急事務管理者にして、事務管理の内容と被害者本人の監護義務者の監護内容の同質性又は管理者と本人の手足性ないし友好性等から共同不法行為責任を追求されない特段の生活関係に立つ第三者もこれに含まれると解すべきが相当であるところ、これを本件についてみると、前認定のとおり、訴外那木は原告愼次と職場内の同一野球部に所属し、共に同部の忘年会に参加し、同原告の受傷現場に居合せた関係上、意識不明の同原告とその家族のため緊急に同原告を急患センターに搬送して医療を受けさせたものであり、原告らも同訴外人の言動一切を事後承認したものであつて、原告らから共同不法行為者として責任を追求されるべき立場にないことが明らかである。従つて、原告らの被告市に対する損害額の算定については、同訴外人は被害者である原告愼次側に存在するものとして、その過失を斟酌すべきが相当である。

しかして、訴外那木の過失割合は、前示濱医師の過失の態様、特に整形外科医の濱医師にとつて原告愼次の頭部前方X線写真(乙第四号証の一)の判読は必ずしも容易ではないこと、一般にアルコール中毒か頭蓋内出血かを鑑別することは容易でないこと、に加えて急患センター本来の設置目的と限界が前示のとおりであることを考えると、三〇パーセントをもつて相当と認める。

3  以上によれば、被告らの責任はいずれも原告らの全損害のうちの七〇パーセントについて存在することとなる。

七損害について

1  原告愼次の損害

(一)  逸失利益

前記認定事実、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 原告愼次は本件事故当時満三二才の健康な男子であつたこと。

(2) 同原告は本件事故により血腫による脳圧迫のため意識不明、無言無動症、四肢主関節硬縮の所謂植物状態になり、日常生活動作は全面介助を要し、今後も長期間の入院管理が必要であり、治癒の可能性は考えられないこと。

(3) 同原告は、本件事故当時、訴外北九州ダイハツ販売株式会社に勤務し、年間金三二九万一、六〇〇円の収入を得ていたこと。

右認定事実によれば、原告愼次は満六七才までの三五年間前記年収を得ることができうべきところ本件事故により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失し得べかりし年収相当額を失つたものと認めるのが相当であるから、前記年収を基礎として、年別複式ライプニッツ式計算法によつて同原告の逸失利益の本件事故時における現価を算出すると、金五、三八九万六、六五八円となる。

329万1600円×16.374(ライプニッツ係数)=5389万6,658円(円未満切捨)

(二)  看護料

前認定のとおり、原告愼次は終生介護を必要とするところ、その生存可能期間については、経験則上平均余命年数四二年より短いであろうことが窺えるが、それ以上に具体的な年数を正確に予測できるだけの資料はない。しかし、年金的な定期賠償が許されない以上、同原告の場合控え目に生存可能期間を認定して損害を算定することが最も合理的な方法であつて、その期間は四二年の三分の一である一四年間と認めるのが相当である。しかして、その費用は、<証拠>によれば昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表の全年令女子労働者の平均年収額金一八三万四、八〇〇円(月額金一二万二、五〇〇円、年間賞与金三六万四、八〇〇円)相当額を必要とすることが推認できるから、右年収を基礎として、前同様ライプニッツ式計算法によつて同原告の看護料の本件事故時における現価を算出すると、金一、八一六万〇八五〇円となる。

183万4800円×9.898(ライプニッツ係数)=1816万0850円(円未満切捨)

(三)  慰藉料

原告愼次の本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、前認定の被害の内容、程度、同人の年令等諸般の事情を考慮すると金一、五〇〇万円が相当である。

(四)  被告らの減責

前六認定説示のとおり、右(一)ないし(三)の損害額につき三〇パーセントの減責をすると、その結果は、金六、〇九四万〇二五五円(円未満切捨)となる。

2  その余の原告らの損害

前認定事実、<証拠>を総合すれば、原告いずみは妻として、原告陽子(長女、昭和四九年二月一三日生)、同篤史(長男、昭和五〇年一〇月八日生)は実子として、原告茂夫は実父として、原告節子は、昭和三六年四月二〇日、原告茂夫と結婚して原告愼次と同人が結婚する昭和四七年まで同居して同人を養育し、本件事故後である昭和五七年五月二四日養子縁組した養母として、原告愼次の突然の本件事故に言いしれぬ悲しみを抱いていることは容易に推認できるところであり、原告愼次の症状は生命を害された場合に比肩すべきものということができるから、前示諸般の事情に照らし、原告いずみの慰藉料は金五〇〇万円、原告陽子、同篤史は各金二〇〇万円、原告茂夫、同節子は各金一〇〇万円をもつて相当と認めるから、右各慰藉料につき原告愼次と同一の割合において被告らの責任を減責すれば、原告いずみの慰藉料額は金三五〇万円、原告陽子、同篤史は各金一四〇万円、原告茂夫、同節子は各金七〇万円となる。

3  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが本件訴訟を原告ら代理人らに委任し、弁護士費用を支払う旨契約をしたことが認められる。

本件事案の内容、認定額等諸般の事情に鑑み、本件事故による損害として原告愼次が被告らに賠償を求め得べき弁護士費用相当額は金四八〇万円、原告いずみは金三〇万円、原告陽子、同篤史は各金一二万円、原告茂夫、同節子は各金六万円をもつて相当とする。

八結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告愼次において損害金六、五七四万〇、二五五円から本件口頭弁論終結前既に受給したことを同原告が自陳する厚生年金保険法四七条による障害年金二四〇万七三三二円を控除した残金六三三三万二九二三円と弁護士費用を控除した内金五、八五三万二、九二三円に対する、原告いずみにおいて損害金三八〇万円と同内金三五〇万円に対する、原告陽子、同篤史において各損害金一五二万円と同各内金一四〇万円に対する、原告茂夫、同節子において各損害金七六万円と同各内金七〇万円に対する、いずれも本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな被告市について昭和五八年二月六日から、被告渡邊について同年二月八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用するが、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(鍋山健 渡邉安一 渡邉了造)

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